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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)3449号 判決

原告

中村正雄

被告

河上敏明

主文

一  被告は、原告に対し、二九九万七四八八円及びうち二七二万七四八八円に対する昭和六三年五月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  本判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、九〇〇万円及びうち八〇〇万円に対する昭和六三年五月一三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号待ちのため停止していた普通乗用自動車に普通貨物自動車が追突し、被追突車に同乗していた者が腰部捻挫、頸椎捻挫の傷害を負つた事故に対し、右負傷者が追突車の運転者に対し、民法七〇九条に基づく損害賠償を求め、提訴した事案である。

一  争いのない事実等(証拠摘示のない事実は、争いのない事実である。)

1  事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 昭和六二年七月二四日午前九時五〇分ころ

(二) 場所 大阪府岸和田市加守町一丁目一七番一四号先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 被害者 訴外佐伯英明が運転し、原告が同乗していた普通乗用自動車(泉五八ら四四一五、以下「原告車」という。)

(四) 事故車 被告が運転していた普通貨物自動車(尾張小牧一一あ九三三九、以下「被告車」という。)

(五) 事故態様 本件事故現場に信号待ちのため停止中の原告車に被告車が追突し、原告が頸椎捻挫の傷害を負つたもの

2  責任原因

本件事故は、被告の過失により生じたものであり、被告は原告に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償の責任を負う。

二  争点

1  後遺障害の有無、程度

(被告の主張)

原告の症状は、初期はともかく、その後は自覚症状しかなく、心因性の要因が大きく関係し、主訴自体も過大であり、医師の勧める神経ブロツク注射も拒否しており、自算会による等級認定において非該当とされたのもやむを得ないものがある。原告の主訴は、客観的な他覚所見の裏付けを欠く自覚症状にとどまるものであり、労働能力に影響するような後遺障害が生じていない。

2  その他損害額全般

第三争点に対する判断

一  後遺障害の有無、程度及び寄与度減額

1  症状の内容、経過

(一) 本件事故後、症状固定前まで(乙第六号証、第一二号証、原告本人尋問の結果)

原告は、本件事故時、尿失禁、便失禁があり、その後、吐き気を感じ、嘔吐があり、めまいが生じ、背部がだるく、両眼がかすむという症状があつた。頸部レントゲン撮影によると、第六ないし第七間の椎間腔が狭く、変形性脊椎症がみられた(昭和六二年七月二四日)。その後、原告は、ふらふらとし、同じ姿勢をとりにくく、こわばりがあり、頸部の伸展(後屈)が一五度であり、スパーリングテスト、ジヤクソンテストがともにプラスであり(同月二五日)、右腰、右肩に鈍痛があり、頸部両側につつぱり感があり、まつすぐ歩けず(同月二九日)、痛みは軽くなつたが前屈すると背部痛があり、頸部に運動制限があり(同年八月五日)、鈍痛が続き、前屈すると尾骨に痛みが生じ(同月一二日)、後頭部に鈍痛があり、直線が二重に見え(同月一八日)、耳鳴りがあり、めまいと揺れる感じがあり(同月二五日)、両手掌に発汗がある(同月三一日)などの症状が生じ、一進一退を繰り返しながら概ね同様の症状が継続した。

(二) 症状固定時及びその後(乙第一ないし第三、第六、第一二号証、原告本人尋問の結果)

原告は、昭和六三年五月一二日ないし同月一三日、泉大津市立病院の医師により、症状が固定し、自覚症状ないし主訴として、頸部中央、両肩・肩甲部の倦怠感(仕事をしていると疼痛に変る。)、左前腕のしびれ感、物を落としやすく、両手の発汗、耳鳴りがあり、左上肢全体に知覚鈍麻があると診断された(また、原告は、同月六日、同病院の内堀恭孝医師により、同日、眼についても症状が固定し、初診時にみられた複視は改善傾向にあるが、眼精疲労、調節衰弱(調整視力右一・六七D、左一・四三D)のため近見視が長時間できないと診断されている。)。

原告は、仕事は一時間位は続けることができるが、前屈により頸部中央背面に鈍痛が生じ、肩甲部の内側、両肩の僧帽筋に倦怠感が生じ、我慢し続けると発汗し、さらに鈍痛が焼けるような痛みとなり、頸部の筋肉に筋が立つようになる、三〇分仕事を続けると物を落とす、耳鳴りがあるなどの症状があり、握力は右二三キログラム、左一八キログラムしかなく(同日)、その後も同様の症状が続いていた。

(三) なお、この間、原告は、精神的に不安となり精神安定剤であるセルシンの投与を受け(昭和六二年七月三一日、同年八月一四日)、医師は痛みに対し表現がオーバーであるとの印象を持ち(同年一二月一九日)、さらに医師は、星状神経節ブロツクを勧めたが拒否している(昭和六三年一月二五日、同年二月一七日、乙第六、第一二号証)。

(四) 以上の症状の内容、経過によれば、原告の主訴には誇張がないではなく、自覚的愁訴により症状がほとんどではあるが、受傷時に失禁、吐き気、嘔吐がみられ、頸部レントゲン撮影によると、第六ないし第七間の椎間腔が狭く、変形性脊椎症がみられ、頸部の伸展(後屈)が一五度であり、スパーリングテスト、ジヤクソンテストがともにプラスであつたこと、その後の主訴が頸部中央、両肩・肩甲部の倦怠感(仕事をしていると疼痛に変る。)、左前腕のしびれ感、物を落としやすい、両手の発汗、耳鳴りなど概ね一貫していること、症状固定時、左上肢全体に知覚鈍麻があるとの診断されていることを考慮すると、原告の症状は、一応他覚的所見に裏打ちされていると見ざるを得ず(乙第一二号証において、濱田医師は、原告には他覚的所見がないとするが、前述したとおり、必ずしもかかる所見がないとはいえない。)、症状の程度も軽いとはいえない(もつとも、視力の調節衰弱等は、乙第一一号証によれば、年齢相応の程度であり、本件事故との相当因果関係に疑問がある。)。したがつて、原告の前記後遺障害は、局部に頑固な神経症状を残す場合ないしこれに準ずる場合に当たり、等級表第一二級に該当するものと認めるのが相当である。

2  右事実に加え、原告は、本件事故当時、デザイン・ナカムラの名称で、毛布のデザイン画の作成業務に従事していたところ、同業務は、烏口、コンパス、細筆で線画を書き、彩色をし、図案を鉄筆により転写するなどの細かな手作業が要求されること、本件事故後、原告、仕事に従事すると、肩、首が重くなり、手が発汗し、握力が低下して筆がすべるなど、右業務に支障を来し、毛布のデザイン画程の精度を要求されないタオルの図案を主体とした業務に従事せざるを得なくなつたこと(原告本人尋問の結果)を考慮すると、原告の労働能力の喪失の程度は、一四パーセントであり、前記症状固定後、三年間右状態が継続するものと認めるのが相当である。

3  もつとも、前記のとおり、原告の主訴には誇張がないではなく、過度に神経質な傾向がみられること、頸部レントゲン撮影によると、第六ないし第七間の椎間腔が狭く、変形性脊椎症がみられ、これらは本件事故より以前から存していた可能性を否定できないこと、原告は、医師が勧めた星状神経節ブロツクを拒否し、このことが症状の早期の改善を遅らせた蓋然性があることなどを考慮すると、右後遺障害により生じた損害のすべてを被告に負担させるのは、損害の公平の理念の見地に照らし妥当ではないので、損害算定にあたつては、原告に発生した損害中本件事故の寄与度に応じ、後記算定額から二割を減額するのが相当である。

二  損害

1  後遺障害逸失利益(主張額四八六万円)

甲第三号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和一〇年一二月八日に生まれ、工芸高校卒業後、昭和三八年から前記デザインナカムラの名称で毛布のデザイン等の業務に従事し、本件事故の前年である昭和六一年度の確定申告による所得額は二〇一万一二一三円であつたことが認められる。原告本人尋問の結果によれば、右申告額は、正確に当時の実収入を反映しているとは認められないから、真実の所得額としてそのまま採用することはできないにせよ、右所得額を認定するに際し、さほど高額の所得を得ていなかつたであろうことを推認させ得る有力な間接真実であるとみざるを得ない。

原告は、症状固定時五二歳であつたところ、右固定時である昭和六三年の賃金センサス第一巻第一表産業計・企業規模計・旧中・新高卒・男子労働者の五〇歳から五四歳までの平均賃金が、五七二万二八〇〇円であることは当裁判所にとつて顕著な事実であるところ、前記確定申告額に照らすと、原告は、本件事故がなかつた場合の右症状固定時の年収は、右五七二万二八〇〇円の約七割(前記確定申告額の約二倍)に当たる四〇〇万円程度であつたものと認めるのが相当である。

前記認定のとおり、原告は、本件事故により、症状固定後三年間にわたり労働能力を一四パーセント喪失したと認められるから、ホフマン方式により中間利息を控除し、後遺障害逸失利益の症状固定時の現価を算定すると、次の算式のとおり、一五二万九三六〇円となる。

4000000×0・14×2・7310=1529360

なお、原告は、甲第九号証(標準所得率表)によれば、商工業デザイナー、服飾デザイナーの標準所得率が七〇パーセントとされていることを根拠に前記確定申告記載の売上げ数値から真の売上げ、所得を逆算すべきと主張するが、原告の業務形態及び所得率が右と同程度といえるかは疑問があり、ことに、甲第三ないし第七号証(確定申告書)に基づき、所得率を算定すると、昭和六一年度の所得率は約二三パーセント、昭和六二年度の所得率は約八パーセント、昭和六三年度の所得率は約一二パーセント、平成元年度の所得率は約五パーセント、平成二年度の所得率は約二二パーセントであり、前記七〇パーセントとはおよそかけ離れた率となるから、前記統計値をもつて原告の所得率とする右主張は到底採用できない。また、原告は、甲第九号証ないし第一五号証(寝装図案製作指示書)を根拠に二〇〇〇万円を超える受注高があつたと主張するが、契約内容、経費等が必ずしも定かではなく、また、右受注高は前記確定申告の売上高と比較しあまりに高額であるので、にわかに信用できない。

2  後遺障害慰謝料(主張額三〇〇万円)

原告の後遺障害の内容・程度、同人の職業、年齢及び家庭環境等、本件に現れた諸事情を考慮すると、慰謝料としては、一八八万円が相当と認められる。

3  小計

以上の損害を合計すると、三四〇万九三六〇円となる。

三  寄与度減額及び弁護士費用

1  前記認定のとおり、寄与度減額により、本件事故により生じた損害につき二割を減額するのが相当であるから、同減額を行うと、残額は二七二万七四八八円となる。

2  本件の事案の内容、審理経過、認容額その他諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用としての損害は二七万円が相当と認める。

前記損害合計二七二万七四八八円に右二七万円を加えると、損害合計は二九九万七四八八円となる。

四  まとめ

以上の次第で、原告の被告らに対する請求は、二九九万七四八八円及びうち弁護士費用を除く二七二万七四八八円に対する症状固定日である昭和六三年五月一三日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれらを認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 大沼洋一)

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